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札幌地方裁判所 昭和50年(わ)880号 判決

被告人 藤井久義 外二名

主文

被告人藤井久義、同富山共好を懲役四月に、同小野寺俊久を懲役三月にそれぞれ処する。

被告人三名に対し、この裁判確定の日から二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人三名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、常習として、別紙犯罪一覧表記載のとおり、同表共犯者欄記載の者と共謀のうえ、昭和四九年一一月一〇日ころから同五〇年二月下旬ころまでの間、札幌市東区北一五条東一丁目足寄会館内スナツク「らぶ」ほか七か所にワンダーボーイなどと称される遊技機械八台を設置し、同機械を用いて三戸正基ほか二二五名を相手として、同表記載のとおりの方法の約で金銭を賭け賭博をしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一、判示所為    刑法一八六条一項、六〇条

一、刑の執行猶予  同法二五条一項

一、訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(検察官および弁護人の主張に対する判断)

検察官は、本件賭博の実行行為は、被告人らが本件遊技機を設置したことをいい、判示別紙犯罪一覧表の賭博方法欄記載の方法と同旨の訴因記載部分および遊技機を用いたとの訴因本文部分は事情の記載と解されてしかるべきであると釈明し、弁護人は、本件の変更前の訴因はもとより変更後の訴因においても右釈明を加味してみると、賭博の実行行為の範囲が明らかでなく、相手方の特定などにも欠けるものがあるというのである。

一、本件遊技機の遊技方法など

本件遊技機のうち、ワンダーボーイ、サンダーボーイ、ハスラー、アンクル、スカイラブは、いずれも電光点滅式といわれる遊技機である。

ワンダーボーイ、サンダーボーイの遊技方法は、遊技客がコイン(模擬硬貨)を投入口に投下したうえ、番号ボタンを押して予想番号を登録し、ついで、始動ボタンを押して表示盤上の走行ランプを走行させ、これが自動的に停止するとともに、配点ランプが点灯し、配当が決まるものであつて、的中したときは、配当率に応じて一〇枚ないし二〇〇枚のコインが出てくる構造になつているもので、スカイラブもほぼこれと同様である。

ハスラーは、投入口からコインを投下すると同時に、倍率表示盤にランプが表示され、ついで、スタートスイツチを押すとランプが点滅しながら走行し、数秒後、これが自動的に停止すると同時にさらに配当数が変化し、的中したときは、配当数に倍数を乗じた数に相当する二枚ないし三〇〇枚のコインが出てくる構造になつているもので、アンクルもほぼこれと同様である。

ロタミントは、回転式といわれる遊技機である。投入口からコインを投入すると、三個の円盤が自動的に回転し、遊技客が円盤ごとの停止ボタンを押して、順次円盤を停止させ、円盤が全部停止したとき三個の円盤のマークが、一定の組合せとなつたとき遊技客の勝となり、組合せに応じて、一枚ないし一〇枚のコインが出る構造となつている。

二、本件賭博罪の既遂時期および訴因について

1  検察官は、賭博罪は、いわゆる単純行為犯に属するから、本件のように遊技機を用いてする賭博においては、行為者は、右遊技機を設置するほか他になすべきものがない以上右遊技機を設置して、客が使用し得べき状態に置いたときをもつて同罪は、既遂に達すると解すべきであり、訴因の変更により明らかにした賭博の相手方総人員は、右の観点からすれば事情に属するものとも解されると釈明していることは、前記のとおりである。

2  たしかに、賭博罪が単純行為犯に属し、構成要件上、行為者が、相手方と偶然の勝敗に関し、財物の得喪を争うことの約束をすることをもつて構成要素とし、進んで、財物の得喪を争うことまでは同罪の構成要素とされていないことは、屡次の判例に徴して明らかである。しかしながら、同罪がいわゆる必要的共犯に属し、相手方およびこのものとの間に前示約束のあることもまた構成要素とされているものと解されるから、その相手方の総人員を明らかにすることは、相手方の存在と、この者との間に、前示約束のあつたことを明示する意味においても重要な事実であると解される。

3  前記判例の事案は、いわゆる花札賭博などの当事者が対面してなす賭博の事案に即して判示したものであり、これをふえんすれば、右約束とは、要するに行為者が、相手方の承諾のもとに財物の得喪を争う関係を設定することをいうものということができる。

この観点よりすれば、相手方が未だ全く居合せていない判示各店舗に、単に右各遊技機を設置したというだけでは、不特定多数の者に対し、右設置者(以下行為者という)が、前示約束の申込み(得喪関係を設定したい)をしたとはいいえても、いまだもつて相手方との間に前示関係が設定されたものとは認められないのである。店舗の来客などが、右遊技機を使用するため、遊技機を管理している店舗経営者ら(別紙犯罪一覧表共犯者欄記載のもの)に対し、コインの購入を申込むとか、遊技機の使用を約したと認められる態度に出たとき、ここに行為者らと客との間に、偶然の勝敗に関し、財物の得喪を争う旨の関係が成立し、賭博罪は既遂に達すると解すべきである。

変更前の訴因の本文には、「同機械を用いて、賭客を相手として……金銭を賭け、賭博をしたものである」旨の記載がある以上、右訴因からは賭客総人員および各遊技機についての賭客人員は明らかでないが、各遊技機については、少なくとも一人の相手方があり、その総人員は、少くとも一〇名であつた趣旨であることは、その記載文言上明らかであるというほかなく、同訴因が、罪とならない事実を包含するものとは認めがたいのである。

しかし、常習賭博である本件については遊技機ごとの相手方員数を明らかにするまでの必要はないにしても、少なくとも、おおよその総人員をできるかぎり明確にすることが前記見地よりして妥当であり、単なる事情の記載と解すべきではない上、被告人の防禦権行使を充全ならしめる上でも、より相当であると考える。

三、一部無罪の理由

1  本件公訴事実中、公訴事実の別紙犯罪一覧表3の事実は、被告人ら三名は、飯田登貴子と共謀のうえ、昭和四九年一二月一八日から同五〇年一月中旬ころまでの間、札幌市西区手稲西野一二七番地スナツク「ゆき」内にロタミント一台を設置し、同遊技機の賭客の選択した文字と同遊技機の表示するそれとが一致した場合、コイン一枚ないし一〇枚を賭客に提供して、右同様換金する方法をもつて、一〇名の賭客と賭博をなしたというのであり、同公訴事実の別紙犯罪一覧表9の事実は、被告人三名は、多田律子と共謀のうえ、昭和五〇年一月下旬ごろから同年二月一九日までの間、札幌市東区北二七条東七丁目北栄会館内スナツク「ちかる」内にスカイラブ一台を設置し、右と同様の方法をもつて、賭客一名と賭博をなしたというのである。

2  賭博罪は、相手方と偶然の勝敗に関し、「財物の得喪を争う」旨の前記趣旨における約束の存することが必要であり、行為者と相手方との双方が、財物得喪の危険の何程かを負担する関係が設定されるのでなければならないと解される。

本件遊技機を用いてする場合に、相手方である客が、コイン(これを第一次コインと仮称する)を購入し、これを遊技機に投下して、これを始動せしめ、的中してコイン(これを第二次コインと仮称する)を手中に収めることがあつても、行為者が客と、第二次コインを金銭・物品と交換するとの約束がない以上、相手方たる客は、常に絶対的に第一次コイン購入代金を支払うも、常に絶対的に財物を得ることがなく、他方行為者においては、常に絶対的に第一次コイン購入代金を得るが、常に絶対的に財物を失うことはない。

かような場合には行為者と相手方たる客との間には、財物の得喪を争う関係がなく、行為者が設備費、必要経費を負担して、遊技機の使用を相手方に許容して遊技をなさしめ、相手方は、その使用の対価を支払うという関係があるのみであると解すべきである。

3  本件コインは、第一次、第二次コインとも同種のもので、厚さ約一・五ミリメートル、直径約二センチメートルの金属製円形盤で、その表面に馬形が刻されているもので、その価額は、一個二五円相当であるが、遊技客が的中してこれを手中に収めることがあつても、これを持ち帰るなどして、終局的に収得するものではなく、遊技客が、ことさら第一次コインを購入せずとも第二次コインを使用して引続き遊技ができる利便ならびに興の一つとして交付されるものである。第二次コインを金銭その他の物品と交換する約のあるときは、このコインは賭具と目すべきであり賭博の対象たる財物にあたらない。二次コインと金銭その他の物品とを交換する約のないときは、遊技機管理者にこれを返還する約がある以上、賭博罪が成立しない。

4  本件証拠によれば、被告人三名が飯田登貴子、多田律子と相図り、両名の経営するスナツク店舗内に、同公訴事実記載の遊技機を設置し、それぞれ同公訴事実記載の客に第一次コインを対価を得て提供し、右遊技機を使用せしめたことは認められるものの、本件全証拠によるも、右の者らが、遊技客との間に、第二次コインと金銭その他の物品とを交換する約束をしたことを認めるに足らない。

かえつて、証拠によれば、飯田登貴子は、スナツク「ゆき」を経営するものであるところ、公訴事実別紙一覧表3記載の日に、以前、二、三度来店したことのある被告人小野寺から、ロタミントを置いてくれと頼まれたが、同女は、店舗が狭いことと、かような遊技機を設置するだけでも違反になるのではないかとの危倶の念を抱き、一旦断わつたものの、同被告人が、コインを現金に換えなければ違反にならないというし、同被告人とは顔見知りでもあつた関係上、止むなく設置を承諾したもので、右遊技機の設置期間中、遊技客は、誰一人的中した者がなく、もとより、コインと金銭その他の物品とを交換をしたことがなかつたことが認められる。

また、証拠によれば、多田律子は、スナツク「ちかる」を経営するものであるところ、公訴事実記載の遊技機スカイラブを設置するについては、被告人らから何ら事前交渉を受けることがなく、公訴事実別紙犯罪一覧表9記載の日に、被告人藤井が突然同一覧表記載の同女の店舗に来店し、実は、すでにスカイラブを隣家の北光園(判示第八)まで運んで預かつて貰つていると申述べて、無理に置いていつたものであり、設置期間中、右遊技機を使用した者は、同女の甥細川修二一人だけであつてしかも、的中せず、もとより第二次コインを金銭その他の物品と交換する機会がなかつたことが認められる。

してみれば、右各公訴事実については犯罪の証明がないというべきであるが、判示事実とは、包括一罪の関係にあるものとして起訴されたものであるから、主文において特に無罪の言渡しをしない(ちなみに、ロタミントの使用による常習賭博罪の成立を認めた東京高等裁判所昭和四八年(う)第二四一五号同四九年四月一七日言渡判決にかかる事案は、原審市川簡易裁判所言渡判決によれば、「客が的中すれば数倍の現金が取得でき、的中しないときは被告人が取得する方法」によつたものであつて、本件にいわゆる第二次コインを現金と交換したというものである)。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 田口祐三)

別紙

番号

設置期間

(昭和・ころ)

設置場所

(札幌市)

共犯者

賭客人員(約)

使用遊技機械

賭博の方法

1

四九・一二・四~

五〇・一・二〇

東区北一五条東一丁目足寄会館スナツク「らぶ」内

菅原惣一

六〇

ワンダーボーイ

賭客とコイン一枚を一〇〇円で交換し、賭客の選択した数字と機械の数字が一致すればコイン一〇枚ないし二〇〇枚を提供して右同様換金し、一致しなければコインは返還しない

2

四九・一一・一〇~

四九・一二・二〇

中央区南五条西一二丁目飲食店「鳥ひろ」内

金森恵美子

六八

ハスラー

賭客の選択した文字ないし絵と機械のそれとが一致した場合コイン二枚ないし三〇〇枚を提供するほかは右と同じ

3

四九・一二・中旬~

五〇・二・八

北区北七条西五丁目ニユープリーズセンター・スナツク「一人旅」内

大原禎子

数名

アンクル

一致した場合、コイン一〇枚ないし二〇〇枚を提供するほかは2と同じ

4

五〇・一・八~

五〇・二・五

東区北一五条東一丁目大蔵会館内スナツク「恵」内

鈴木恵子

三〇

ハスラー

2と同じ

5

五〇・一・五~

五〇・二・一八

白石区北郷三条三丁目北郷有らく会館スナツク「すみれ」内

東テル

ハスラー

2と同じ

6

四九・一二・二六~

五〇・一・一三

中央区南五条西六丁目新生ビルスナツク「エスカルコ」内

瀬川佳子

一〇

ハスラー

2と同じ

7

五〇・一・一六~

五〇・二・二七

中央区南七条西四丁目プリンス会館スナツク「わたなべ」内

渡辺誠

五〇

スカイラブ

1と同じ

8

五〇・一・下旬~

五〇・二・中旬

東区北二七条東七丁目飲食店「北光園」内

土屋義乃

ハスラー

2と同じ

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